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独身淑女のクリスマス

クリスチャン・リージェンシー・ロマンス小説

ウィンウッド夫人のスパイ 前編

オリジナル版と新しいイラスト入りライト・ノベル版の両方で入手可能になりました!

摂政時代の純愛ミステリー

ウィンウッド夫人のスパイ 前編

ミランダ・ベルモアは、社会に馴染んでいると思ったことが一度もない。そのぶっきらぼうな口の聞き方や、従来の社会的制約に対して自分を曲げようとしない彼女のことを、家族は決して理解することがなかったため、ミランダはいつも何か自分に問題があるような気がしていた。貧しい親類としていとこの家に住む今、退屈な重労働と家族による軽蔑の目から逃げ出そうとしている。

海軍キャプテンのジェラルド・フォーモントは、陸での生活に慣れることを困難だと感じ、膝の怪我のために短いキャリアが終わってしまったことを不満に思っている。回復が長引くため両親との関係がギクシャクしてきたことにも罪悪感を感じる。ベルモア家でクリスマスの時期を過ごしながら、孤児となった姪を連れて帰りたいという母の希望を叶えてやりたいと思っている。

しかし敵は、家族のパーティに侵入し、誰かの死とともに十二夜を終わらせようと復讐に燃えていた…

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抜粋

そこで、彼女は自分に語りかけられた主の名を「あなたはエル・ロイ」と呼んだ。それは、「ご覧になる方のうしろを私が見て、なおもここにいいるとは」と彼女が言ったからである。

創世記一六:三(新改訳)

そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。

ピリピ人への手紙四:七(新改訳)

読者の皆さんへ:神様があなたを見ておられること、あなたを深く愛してくださっていることを心から理解することができますように。

プロローグ

イングランド、ドーセットシャー

一八一〇年十二月二三日

「小姑のような人にブツブツ言われるのはうんざりだわ」ウィンウッド夫人は、自分の旅馬車の向かいの席にゆったり腰掛けている連れ合いに言った。

 その「小姑のような人」とは、実際には四十代の壮健な男性で、顔つきはいかめしいが、口の端から穏やかな微笑みを浮かべていた。顎は二十年前と同じように引き締まっていないかもしれないが、ロンドンで初めてローラ(ウィンウッド夫人)に出会った頃と変わらずハンサムで、本人もそう思っていた。

「悪口しか言えないのかい、ローラ?」ソロモン・ドライデールは物憂げに言った。

「馬車のドアを開けて、外に蹴飛ばした方がよかったかしら?」

 これに対しソル(ソロモンのこと)は、臆面もなく歯を見せてニヤッと笑い返した。

「ご自分の馬に乗ってついてくるより、私の馬車に乗りたいとおっしゃったのは、あなたよ」ローラは続けた。「だったら車軸のばねがどうのこうのとか言って、騒ぐのは止めてちょうだい。これはあなたのじゃなくって私の馬車よ」

 ソルは降参、という意味で手を上げた。「君の言う通りだ。どうか赦してください」このチャーミングな半笑いで、とても気難しい未亡人の憤りが和らげられないことは決してなかった。

 ローラは目をぐるりと回して呆れた表情をみせた。

 馬車は、でこぼこ道でまた揺さぶられた。ローラは苛立った。

 ソルはこの揺れに反応して、またうめき声をあげた。「ウィントレルホールまであとどのくらい?」そして、相手の不機嫌な顔つきを見ると、すぐさま付け加えた。「文句を言ってるんじゃないよ、これは素直な質問なんだ」

「ウィントレルホールに行ったことあるでしょ?」

「クリスマスの時期に、君のお供でサー・セシール邸に行ったのは一、二年前だよ」ソルは言った。「その道中を細かく区切ってそれぞれ何分かかったかなんていうことを覚える義務はないと思うけど」

「もうすぐセシールの領地に入るわ」ローラは言った。

「ああ助かった」ソルは豪華なベルベットの椅子に深く腰掛けた。「サー・セシール・ベルモアは道徳家を気取っているかもしれないが、自分の道をきちんと手入れするぐらいの責任感はあるだろう」

「ソロモン・ドライデールさん」ローラは呆れて言った。「彼は私のいとこだって覚えてらっしゃる?」

「勘弁してくれよ、君だって彼のことは好きじゃないくせに」

 うんざりした声で、「あなたって救い難いわね」

「君はいつから心で思っていることを僕に話せないほど無口になったのかな?」ソルは問いただした。「このガタガタいう、いや、素晴らしく飛び跳ねる馬車に乗ってるのは僕たち二人だけなんだよ」

「サー・セシールのことをあまり好きじゃないのは知ってたけど、そこまで嫌いとは知らなかったわ。だったら、ご自分の家族とこの季節を過ごされた方がましだったんじゃない?」ローラはあからさまに指摘した。

 ソルは答えなかったが、厳しい表情になった。

 ローラは彼をじっと見た。「こんな卑怯なやり方で、どれほど不愉快なことを避けようとなさったのかしら?」

 突いた棒は命中した。「捨てばちになった女の策略を避けたいと思うのが卑怯だってことはないだろう」

 ローラの眉がきっと上がった。

 ソルはため息をついた。「勝手に自分たちの選んだ人と結婚させたがる親類がいるのは君だけじゃないんだ。僕の場合は義理の妹が、姪やいとこだけじゃなくて僕にまで期待をかけるんだから」

 ローラは彼の言葉で心が締めつけられるような痛みを感じたが、笑って隠そうとした。驚くようなことではない。ソロモン・ドライデールは広大な領地を所有するれっきとした男やもめで、子爵の曾孫だ。「あなただったら小娘の裏技にひっかかりそうだものね」

「小娘なんかじゃない、彼女はもうすぐ三十だよ」

「正真正銘の小娘ね」ローラは目を細めて言った。そういう本人も気難しい四十歳なのだった。

 ソルは彼女に微笑んだだけだった。「心配することはないさ。僕が敬愛する君は、グリーンパークで初めて会った時と変わらず若いよ」

 左の頬にエクボができる、あの癖のある口で、彼はお世辞を言った。しかし、ロンドンで彼を慕う多くの未亡人の一人になるのは嫌だった。「ソル、いつから心にもないお世辞を言うようになったの?普段はそんなに私のことを褒めないわよね」

「お世辞じゃなくて、君の質問に答えているだけさ。あのミス何とかっていう女を避けるのが口実で、君やベルモアの親類とクリスマスを過ごすことに決めたってこと。僕たちの理屈は意外と似てるんだよ」

 彼の言うことは確かに正しかった。ローラの父方の親類で、いとこの嫁にあたるマチルダには、ギャンブル好きな道楽者の兄がいた。マチルダは、ローラとこのギャンブラーを交際させ、さらにはローラに彼との結婚を強いるような恥じるべき状況になることを企んでいるのか、すでに回りくどい陰謀を試みている。そういうわけで、今年は父方の親類を避け、母方の親類であるベルモア家の方を選んだというわけだ。

「マチルダのような家族がいないといいね」ソルは言った。「君の亡くなったいとこは曲がったことができるほど賢くなかったから、息子のサー・セシールも同じだろう」

「ソル、あなたって人は」ローラは彼に忠告した。「私の家族の欠点を告白させようとしてるみたいだけど、本当は彼らのことが好きなのよ」

「君の財産管理のやり方についてサー・セシールが送ってきた口やかましい手紙のことで、僕に文句を言ってなかったっけ?」ソルは言った。

 つまりサー・セシールは、ローラが自分の財産を自分で管理しているという事実を嫌っていた。ローラは彼の手紙を無視していた。ソルはこの手紙のことを笑い飛ばしたが、現在ベルモア家の家長であるサー・セシールに対する敬意は持っていなかった。

「私のいとこのエドワードは好きだったわね」ローラは彼に思い出させようとした。「彼の妹たちは、あなたと会ったお披露目パーティーの頃よりずっと落ち着いてるから大丈夫よ」今では子供や孫もいる。彼女たちの家族のことを考えるだけで、ローラは微笑まずにいられなかった。クリスマスにウィントレルホールに集まった子供たちはみな大好きだったし、ゲームや言葉遊びするのが楽しみだった。

「あれ、何でそのきれいな顔が明るくなったのかな?」ソルが尋ねた。

 ローラの答えがソルを苦しめることが分かっていたので、彼女はためらった。「クリスマスのゲームのことを考えていたのよ。子供たちとのゲーム」

 彼は笑顔を返したが、その目は笑っていなかった。「君は競争心が強いからね」

「また失礼なことをずけずけと言うってことは、やっと普段のあなたに戻ったようね」ローラは言った。

「言葉遣いには注意しないと。ご婦人を怒らせて、クリスマスが悲劇の舞台にならないように」

「あなたの言葉遣いを心配してるわけじゃないわよ」

「え、そうなの?家族に失礼なことを言ってほしくないんでしょ?」

「私にいくら失礼なことを言っても、他の人がいるところではそんなことを言わないでしょ?」

「あれ、心にもないお世辞を言ってるのはどっちかな?」

「どうでもいいけど、私を突っついて、何とか不愉快なことを言わせようとしてるわね」ローラは続けた。

 ソルはニヤッと笑った。「そういう君を見るのが楽しいからさ」

 ローラは睨みつけた。一度だけ口が滑って、アダリー夫人の帽子は毛が抜けた鶏のようだと言ってしまったことを思い出した。ローラはきっぱりとした口調で言った。「今年は楽しくて平穏無事なクリスマスでありますように」これは、ソルが変なことをしでかさないように釘を刺そうとするローラの暗黙の忠告だった。

「はいはい」ソルはニヤッと笑った。「完全に平穏無事、保証しますよ」

第一章

十二月二三日

 英国海軍のキャプテン・ジェラルド・フォーモントは、ウィントレルホールまでの道を歩いている女性に何故気が付いたのだろうか。ダークグリーンのウールのマントをはおったスレンダーな体型が目に入ったとき、その頭の傾きと一定の歩調から、思い出がよみがえってきた。

 十四歳のとき、叔父のフリゲート艦の士官候補生として家を出ようとしていた頃に、家族ぐるみの古い友人であるベルモア家と、ここウィントレルホールで最後のクリスマスを過ごした。ヤドリギや緑の葉を運んでいると、十二歳のミランダが彼のところまで来て、顔を上げた。いつもそうだったが、黒いまつげに囲まれた水晶のような緑の目に一瞬ドキッとした。彼女は普段頭を下げていたので、その目を見ることはあまりなかったから。

「航海に出たら、私たちのことが恋しくなる?」ミランダは尋ねた。

「もちろん恋しくなるさ」屋敷に向かって歩きながらジェラルドは答えた。

「あなたがいないクリスマスは、今までと同じじゃなくなると思うわ。あなたは皆を笑わせてくれるもの。セシールだって笑うんだから」

 ジェラルドはこれを聞いて微笑んだ。「じゃあ、あの面白くないセシールを笑わせる方法を、君が考えないとね。おいで、ミランダ。ホットパンチが飲みたくないか?」

 ジェラルドの家族が乗っている馬車が、緑色のマントを羽織った女性のところまで来た時、記憶は消え去った。彼女が頭を上げてこちらの方を見た時、ジェラルドは、ちらりと見えた水晶のような緑を捉えた。

「馬車を止めろ!」彼は指示した。御者はこれを聞いて、手綱を引き始めた。

「一体何なの?」母親が尋ねた。

「ミランダだよ。屋敷まで乗せてあげないと」

 ジェラルドの両親はけげんそうに顔を見合わせた。そして母親は、「彼女が座れるスペースがあるかしら?」と言った。席の間から突き出ている、馬車の隅に立てかけた太い杖を指差した訳ではなかったのだが。

 杖のことを思い出しただけではなく、母親にもてなしの心がないことにショックを受けて、ジェラルドは額にシワを寄せた。「どういう意味ですか?」

 父親が母に言った。「馬車はもう止まってしまったよ。乗せてあげないと変じゃないか?」

「それもそうね、もちろんよ」母は言った。

 ジェラルドはとっさにドアの取っ手に手を伸ばした。しかし、降りるのは非常に困難なことをすぐに思い出した。

 父親はその素振りを見なかった振りをして、愛想よく言った。「私が出て行って、あのお嬢さんを連れてくるよ」足を温めていた毛布をどかし、ドアを開け外に降り、手を振って呼び止めた。「ミランダ嬢、寒いのに散歩?私たちの馬車に乗りませんか?」

「ミスター・フォーモント、ありがとうございます」その声は低く、ジェラルドが知っているミランダの声ではないようだった。航海に出ていたこの十六年間で、彼女に会ったのはほんの二、三回。最後に会ったのは、彼女の両親が亡くなり、いとこのサー・セシール・ベルモアと住むようになる前で、それから三年近く経っていた。ミランダはいつもおとなしい娘だったが、今日の彼女の声は……まるで打ちひしがれたようだった。

 彼女の姿がドアのところに現れたが、顔はボンネットで隠されていて見えなかった。父親が手を取って馬車に乗せると、ミランダは顔を上げてジェラルドを見た。

 水晶のような緑が彼に突き刺さり、高揚感が体を駆け抜け、心臓の鼓動が早くなった。息ができないように感じた。手を伸ばして彼女に触れたい、何かつながりが欲しい、そう思って彼女の手を取った。その指をぎゅっと握った。彼女を離したくなかった。

 ミランダはジェラルドの向かいに腰掛け、また目を下に落とした。彼は手を離さざるを得なかった。

 何か話そうとしたが、二回咳払いをした後、口から出た言葉は「また会えてうれしいよ、ミランダ」だけだった。

「ジェラルドも元気そうね」

「死にそうってとこまでは行ってないよ」ジェラルドは軽い調子で言った。

「ジェラルド、怪我のことを大げさに言うのはやめてもらいたいわね」母親は厳しい口調で言った。

 ミランダは驚いた様子でジェラルドの母を見たが、彼自身、ここ数ヶ月間で母親の不安定な気性には慣れっこになっていた。病室という場所で才能がある人ではないのに、息子の世話をせざるを得なくなったので、母も疲れていた。母が自分を愛しているのは分かっていたが、つきっきりで介護が必要な自分よりも、健康な自分の方が好ましいようだ。

「ミランダ嬢、今日はどうして外出していたの?」ジェラルドの父が尋ねた。「散歩に行くには寒すぎると思いますよ」

「フェリシティのために村で用事を済ませる必要があったので」

「親切だね」ジェラルドは言った。しかし彼女の言い方は、いとこの妻のために好意で用事を済ませてあげているというより、まるでその用事は彼女がするべきことであるかのように聞こえた。

 ジェラルドの隣に座っていた母親は咳払いをした。父親がミランダに言った。「寒くない?さあ、このレンガを足に使いなさい。まだ温かいよ」

「いいえ、大丈夫です」ミランダの声は昔と変わらず、気まずい雰囲気を和らげ、泣いている子供をなだめるような落ち着きがあった。

 父親は、温まったレンガをミランダの足元に動かすと言い張った。そのときジェラルドは、彼女の服装に気がついた。もともと女性の着物に気がつく方ではないが、母親が洋服の好みにうるさいので、自分と同じ階級の女性が着る洋服の基準というものは理解していた。

 ところが、ミランダのハーフブーツは革が古くヒビが入っていて、父親と野原を歩きに行くときに履くブーツよりひどい状態だった。それに、上着の端がほつれ、薄いウールの青い生地は色が褪せていた。マントも、底の縁と、喉元で締めるようになっているところが擦り切れていた。ベルベットの裏地がついた、母親の小綺麗なボンネットと比べ、ミランダのボンネットはしなびて押しつぶされ、サラサラした黒髪が少し出ていた。顎の下で結んだリボンはシワがよっていて古く、冬用というより夏用だった。

 ミランダはまるで……

「エリーが奥様に会えて喜ぶと思います」ミランダは彼の母親に言った。「今週ずっと、あなたはいつ来るのかと首を長くしていましたから」

 この六歳の子供の話が出て、母親は微笑んだ。「夏に彼女が来てくれて、本当に楽しかったわ。私を元気にしてくれましたもの」

 その嬉しそうな口調は、自分の息子のことで不機嫌になるのと対照的で、ジェラルドはそっぽを向いた。それでも母を責めることはできなかった。一緒にいるのなら、怪我人の船乗りより孤児になった甥の娘の方がずっといい。

 昨夏、エリーは母方の親類であるフォーモント邸に送られた。 ジェラルドの母は子供好きなので、エリーの祖父に頼み込んで、まる八週間引き取ることになった。その頃、砲弾により足元で爆破したデッキの裂けた木切れが膝に刺さるという負傷を負ったジェラルドは、まだロンドンの病院で療養中だった。

 母親がエリーを手放し、エリーの父のいとこに当たるサー・セシールのところに送り返すことを余儀なくされたのは、ジェラルドがもうすぐ帰宅しようとする頃だった。エリーの父が半島(イベリア半島のこと)で戦死し、母がその数ヶ月後、分娩中に死んだ後、エリーの父方の祖父は、幼い娘を育てるにはふさわしくないと感じ、エリーをセシールの家に住ませるようになってから八ヶ月が過ぎていた。

「エリーは元気かしら?」ジェラルドの母親がミランダに尋ねた。

 ミランダは答えるのをためらった。「お宅から戻ってしばらくは上機嫌でしたが、その後寡黙になってしまって。セシールの息子二人は、ほとんど学校へ行ったままで、娘二人は年上なので、エリーにとっては辛いと思います。彼女とはしゃぎ回って遊ぶより、パーティーのドレスや派手に着飾ることに興味がある年頃ですから」

「近所に遊び友達はいないの?」ジェラルドは尋ねた。

「セシールは自分の家族が付き合う相手のことでは好みが難しいものですから」ミランダは言葉を選びながら話した。

 ジェラルドは顔をしかめた。明らかにセシールは、昔みんなで一緒に遊んだ頃から何年たっても変わっていないようだ。プライドが高すぎて、家柄が低い家族とは付き合えないんだろう。

「エリーは楽しそうに近所の子供達と遊んでいましたよ。うちの応接間に駆け込んできて、毎朝お茶とビスケットを食べに来てくれたんですから」母親が笑って言った。

 セシールとは違い、ジェラルドの家族は近所と友好関係を保っていて、そこには十歳に満たない子供たちが大勢いた。

「エリーは寂しいんじゃないかと思います」ミランダは言った。

「心配しなくていい」ジェラルドが言った。「十二夜が終わったら、エリーは僕たちが連れて帰ろうと思っているから」

 ミランダが顔を上げたとき、彼はその緑色の目を一瞬とらえた。「本当ですか?」ミランダは口を大きく開けた。

「エリーが来てくれたらとても楽しくなるわ」母親は言った。「一ヶ月前にロンドンでウィンウッド夫人に会わなかったら、こんなにいいアイディアは浮かばなかったでしょうね。これは夫人のアイディアなのよ。いとこのエドワード(エリーの祖父)と最近お話しされて、エリーが塞いでいることを聞いたそうなの」

「ローラは、眺めが変わるとエリーが喜ぶんじゃないかと思ったんだろうね」父親は、「家の中に女の子がいるとメアリーが元気になるから一石二鳥ってことだ」と言って妻の手をなでた。

「エリーがいると、ジェラルドのお世話をする時間がなくなるんじゃありません?」ミランダは前から率直過ぎるところがあったが、その純真な言い方から、彼のことを心配して尋ねていることが明らかに伺われた。

 この数ヶ月間、ジェラルドは家族や隣人が示す哀れみの情にうんざりしていたが、どういうわけかミランダの気遣いには動転しなかった。「僕はよくなってきているから大丈夫だよ。エリーのことで実際にエドワードおじさんを説得したのは僕なんだ」

「エドワードおじさんはいいとおっしゃったんですか?」ミランダは尋ねた。「セシールの家は彼の家からほんの十マイルですものね」

「そしてフォーモント邸は、反対方向にほんの十二マイルだ」父親が言った。「エリーが望むなら、いつだってじいさんに会えるさ」

「セシールはこの計画のことを知ってます?」ミランダは尋ねた。その用心深い口調を感じ取ったのは、ジェラルドだけだっただろうか。

「まだなんだ」父親は言った。

「自分の手元から扶養家族が一人いなくなるぐらいで騒ぎ立てるとは思えないわ」母親が言った。「セシールは第十代準男爵ベルモアかもしれないけど、エドワードはセシールの叔父、エリーの祖父なんだから」

「それに、両方の祖父がいいと言ってるんだ」ジェラルドの父は言った。「エドワードだけではなく、私の弟もこのことを承諾すると書き残しているからね」

「お宅へ移るのは、エリーのためにとてもいいことだと思います」ミランダは賛成した。

 この時、馬車はウィントレルホールの正面にまっすぐ通じる私道へと曲がった。この私道に並ぶ木々は葉がなかったが、雪はまだ降っていないので、邸宅前の芝生は薄いアッシュグリーン色をしていた。これと対照的に屋敷の東側では、庭の石垣の上から頭を出している茂みが驚くようなオレンジがかった茶色で、谷間を降りて家の周りで渦を巻く突風の中で揺れていた。

 赤レンガの馬小屋を過ぎた時、御者が馬丁に指示して大きな旅馬車を建物の中まで誘導していたところを見ると、どうやら彼らが一番乗りではないようだ。

 北口の前で止まると、執事と従僕がすぐに出てきて彼らを出迎えた。冬の日差しの中、屋敷の赤レンガは暖かいあずき色をしていて、使用人がドアを開けたとたん馬車の中に吹き込んできた突風が嘘のようであった。「フォーモントご夫妻、キャプテン・フォーモント、ようこそいらっしゃいました」執事は言った。馬車の中にミランダがいるのを見て、そのグレーの眉は少しつり上がったが、驚きを表す程度のものだった。

「ありがとう、ルイス」ミセス・フォーモントは執事に言った。「セシールの妹たち家族は着いたかしら?」

「はい、奥様。ご主人方の家族もいらしてます」

 ジェラルドの母は嬉しそうにため息をついた。「ナーサリーは満員でしょうね」

「はい、奥様のお越しを心待ちにしていますよ」ルイスは気後れすることなく言った。

 ジェラルドは、先に馬車から出るようにとミランダに合図をしたが、ミランダは首を大きく横に振った。

「ミランダ、一体どうしたんだ?」彼はささやいた。

 ミランダはどっちつかずの口調で答えた。「キャプテン・フォーモント、杖をお取りしましょう」

 ジェラルドは、父親や従僕の介助がないと馬車から出られないという事実に歯を食いしばった。一年前だったら……

 いや、そんなことは考えないほうがいい。

 ベルモア夫人のフェリシティが出迎えに現れたとき、ジェラルドはミランダから杖を受け取ったところだった。「フォーモントご夫妻、やっといらっしゃいましたわね。そしてジェラルド、あなたもお元気そうね」笑顔が青い目まで届く前に、その笑顔は凍りついた。「ミランダを乗せてきてくださるなんて、何てご親切に。そんなこと全く不必要でしたのに」

「それはどうして?」ジェラルドは少しけんか腰になりそうだった。「ミランダはスカラリーメイドじゃないんですから」

「私が悪いんですよ」父親が口をはさんだ。「ミランダは遠慮したんだけど、用事を済ませた帰りだと聞いて、私が無理やり乗せたんです。他にも用事があるかもしれないから、早く家に帰らせた方がいいと思いまして」

「それはご親切に」フェリシティは言った。「風が強いですね、中へお入りください。応接間にお茶が用意してありますわ」

 ミランダは皆の後をついて屋敷の中に入ったが、フェリシティが彼女に投げた、咎めるような視線をジェラルドは見逃さなかった。

 一続きの大階段を二回登ると、じょうぶな方の足に負担がかかって震え始めるので、注意しながら階段を上った。両親とフェリシティがいる応接間にやっとたどり着く頃には、ミランダはいなくなっていた。

 金色と白のストライプが入った椅子に腰を下ろそうとしたが、足が疲れ切っていたせいで、どしんと椅子に落ちてしまい、繊細な彫刻を施した椅子の脚がぐらついた。顔が歪んだ。(そうだジェラルド、セシールに気に入られる手っ取り早い方法は、彼の家具を壊すことだ)

 フェリシティの目が少し大きくなったが、椅子が持ちこたえたのを見て力を抜いた。

「ジェラルド、階段がそれほど厄介だとは思わなかったわ」母親は批判して言った。

 面と向かって艦長に怒鳴られるのには慣れていたが、回復が遅いことに対する母親の苛立ちは、摩擦のためにゆっくりと切れていく張り詰めたロープのように、平静心をすり減らせていった。皮肉を言いたい衝動にかられたが、フェリシティがいたので口をつぐんだ。

 いつも仲裁に入る父は言った。「フェリシティ、お願いがあるんですが、ジェラルドの部屋をこの階にしてもらえませんか?」

「もちろん大丈夫ですよ」彼女は言った。

ジェラルドは、礼儀正しく答える前に口元を固く引き締めた。「ありがとう、感謝します」

「ちょっと使用人たちに話があるものですから、失礼させてください」フェリシティは立ち上がって、応接間から出て行った。

 ジェラルドは、このプライベートな瞬間を利用して、両親の方へ身を乗り出した。「一体ミランダに何が起こったんだ?」低い声で問いただした。

 両親は顔を見合わせた。話さずに意思疎通できるとは、何と不可思議なことだ。

「フェリシティがいた方が話しやすいって言うの?」ジェラルドは尋ねた。

 母親はため息をついた。「本当に気まずいのよ」

「何が?」

「この家でのミランダの立場」彼女は答えた。

「分からないな。彼女はセシールのいとこだよ」

「ミランダの両親は大きな借金を抱えて亡くなったんだ」父が言った。「小作農が何年も続けて減ったあげく、家も目一杯抵当に入っていた。セシールは彼らの借金を肩代わりさせられたばかりか、ミランダまで面倒をみることになったんだからな」

 ジェラルドはそれに対するセシールの感情を想像することができた。お金のことでは慎重で、巨額の富を持ちながらもしみったれたところがある。叔父の借金を返済するために自分の蓄えを手放すことは苦痛だったに違いない。

「一番うれしくなかったのはフェリシティよ」母は言った。「ミランダとは決して仲がいいわけじゃなかったから」

「だけど分からないな。どうして——」

「ごめんなさいね」と言いながら部屋に戻ってきたのはフェリシティだった。「最近はいい使用人を見つけるのが難しいのよ。何を頼まれているのかをどうしても理解できないみたいなの。ミセス・フォーモント、お茶を足しましょうか?」

 その瞬間ドアがまた開いて、セシールの叔母、ミセス・オーガスタ・ハザウェイが部屋に飛び込んできた。「ジョンとメアリー、あなたたちが着いたって今聞いたところなのよ。お会いできて、嬉しいわ。ああ、ジェラルド坊ちゃん!」ジェラルドが苦労して立ち上がろうとするのを待たず、彼女はかがんで彼の頬にキスをし、高価なフランスの香水の匂いで彼を包んだ。「とても元気そうね」

「もう坊ちゃんじゃないですよ、ミセス・ハザウェイ」ジェラルドは言った。

「私にとってあなたはいつまでも坊ちゃんなのよ、いくら大きくなってもね」ミセス・ハザウェイはソファにドスンと座った。「さあ、あなたたちのことを全部私に話してちょうだい。フェリシティお願い、お茶を入れてもらえる?子供達をナーサリーに落ち着かせてきたから、喉がカラカラよ」

「そうそう、お孫さんたちは元気?」母親が尋ねた。「去年のクリスマス以来、会ってないから」

 皆が会話をしている間、ジェラルドはほとんど喋らなかった。待つのは得意ではなかったが、ミランダが自分自身の家族から何故このような差別的扱いを受けているのかについては、説明を待つしかないようであった。遠縁にあたるフォーモント家でさえ、親類をこんな粗末に扱うことはしないだろう。

 ジェラルドの父は、サー・セシールの叔父、エリーの祖父であるエドワード・ベルモアと子供のころ同級生で、それ以来の旧友であったため、フォーモント家はいつも、ウィントレルホールでの華美なクリスマスのお祝いに招かれていた。ベルモア家には好意を持っていたが、他人との付き合いという点で、彼らの行動に賛成できないこともあった。

 この屋敷で起こっていることを少しながら垣間見たジェラルドは、嫌気がさした。自分の指揮下で死んだ部下のこと、自分の負傷のことを思った。彼らが戦場で戦っている間に、家でこのような不正が起こっていいものだろうか?

ダンスホール外の廊下を見下ろしたが、最初は誰も見えなかった。すると廊下の向こう側に影が見えてきて、壁にもたれている人の形が見え、ジェラルドは彼女の方に向かって行った。

近くに行って初めて、何かおかしいことに気がついた。ミランダは、お腹を押さえている手が震えていた。顔は、ペンキで塗られた壁の色より白かった。

「ミランダ」

ミランダは彼を見た。その目を見ると、溺死した部下の顔を思い出した。

杖を落として大股で前に進み、彼女を腕に包み込んだ。

― カミール・エリオットによる「紳士淑女のクリスマス」から抜粋